スポーツトレーナーについて知る
けがや病気そのものの治療だけではなく、身体全体のバランスを整え健康な状態を維持するために、本人の体質に合わせて処方や施術を行うという考え方の東洋医学が、世界的にも注目されています。なかでも中国に端を発する鍼灸は、「鍼(はり)」と「灸(きゅう)」からなる治療法です。その鍼灸をスポーツの分野に応用したものが「スポーツ鍼灸」です。アスリートがなぜ鍼灸を求めるのか、またその施術を行うスポーツ鍼灸師の仕事内容と資格取得の方法、将来性についてまとめてみました。
「鍼(はり)」や「灸(きゅう)」というとどこか民間療法的で、お年寄りが持病を治すために行っているようなイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。しかし、東洋医学における治療法のひとつとして活用される技術であり、人間の身体ある「ツボ」を刺激して症状の改善を図るものです。
一般的な診療所や病院で風邪やけがなどの治療を受ける場合は、そのほとんどが西洋医学による薬剤の処方や施術になります。このため、東洋医学はどこか縁遠いものと感じるかもしれません。しかし「身体のツボ」という言葉を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。この「身体のツボ」という考え方こそ、東洋医学、鍼灸の重要な考え方なのです。
東洋医学の分野には、疾病やけがによる痛みや違和感などの症状がある場合、身体のツボに鍼(はり)や灸(きゅう)による刺激を与えることで、それらを緩和させようとする治療法があります。それが鍼灸です。今日では西洋医学の補助的な治療として併用することも一般化されつつあります。
東洋医学の発祥は2,000年以上も前の古代の中国だといわれています。日本には朝鮮半島を経由し、6世紀ごろに伝播したとされています。そのなかのひとつが鍼(はり)と灸(きゅう)を使って治療する鍼灸であり、その後律令制度の整備に従い、鍼(はり)博士といった医療職として日本に根付きました。
現代では、鍼灸師を名乗るためには国家資格であるはり師、きゅう師資格の取得と登録が必要となっています。公益財団法人東洋療法研修試験財団の統計によると、令和元年の時点ではり師は、新規免許登録者3,678人、累計で180,037人、きゅう師は、新規免許登録者3,632人、累計で178,874人と、その登録者数を増やしていることがわかります。多くははり師、きゅう師の両方の資格を取得し「鍼灸院」といった施設を開業し、鍼(はり)と灸(きゅう)の両方の施術を行うのが一般的です。
さて、その鍼灸による効果ですが、代表的なものでは、肩こり、腰痛、膝の痛みなど慢性的な痛みの緩和といった治療効果が期待できます。それ以外にも、血行促進、体内老廃物の排出促進、自律神経に働きかけ内臓の働きを調整するなど、身体とその機能の調整を行い、けがや病気などを予防する効果も期待されています。
「痛みの緩和」でピンと来た方も多いと思います。アスリートにとって、練習や試合で痛めた身体のケアは非常に重要であり、また、それらの予防にも余念がありません。スポーツ鍼灸の技術と効果について見てみましょう。
スポーツにはけがや故障が付き物です。慢性的なものも少なくなく、痛みや違和感などが長引くこともあります。予防という視点も重要であり、これらのことからも鍼灸という東洋医学の医療が、実はスポーツと相性がいいことが理解できます。
厳しい練習や激しい試合で、常に全力で競技に臨むことが求められるアスリートですが、試合中の偶発的なけがのほか、日々の練習やトレーニングでも疲労の蓄積の結果として身体の不調が表れてくることがあります。そして、その不調が慢性化してしまうとスポーツ障害に至ります。それらへの治療法として、鍼灸のような東洋医学が以前から注目されてきました。
長引いている不調や、直近の試合で痛めたけがのケアために、そして日常のコンディションの調整のために、プロやハイアマチュアのスポーツ選手は、鍼灸の治療を受けるのです。その治療箇所は、肩、腰、膝などを中心にほぼ全身が対象となっています。
また、試合等での結果を出すためにベストな身体の状態を作るためや、けがを防ぐために鍼灸の治療を受ける場合もあります。
最近、スポーツ界で鍼灸による治療や予防に注目が集まっているのには、もうひとつ、試合に出場するにはドーピング検査が実施されるため、薬が使用できないケースがあるためです。鍼灸による治療や予防は薬によるのと同様に効果が期待出来るだけでなく、薬が体内に残ることがないので、試合直前までケアを行うことも可能です。こうした視点からもスポーツ界、アスリートから鍼灸を必要とされる可能性はますます高まっていくでしょう。
それでは、どうすればスポーツ鍼灸師になれるのでしょうか?将来性はいかがでしょうか?
まず鍼灸師を名乗るためには、はり師ときゅう師の2つの国家資格を取得する必要があります。資格取得までの道のり・流れとしては、厚生労働省と文部科学省が認定する専門学校や、大学・短大などで、3年以上学び、必要な知識や技術の習得をしてから、国家試験を受験することになります。
→鍼灸師の資格についての詳細は、以下の記事もご覧ください。
さて、スポーツ鍼灸師ですが、スポーツ鍼灸師という資格があるわけではありません。国家資格のはり師、きゅう師の資格を持ったうえで、さらにスポーツとけがや障害の関係の知識、その治療方法について技術や経験を積むことで、スポーツ鍼灸師として活躍できるようになります。スポーツトレーナーがトレーニング指導のほか、選手のけがのケアや予防の技術として鍼灸を学び、資格を取得するという形でスポーツ鍼灸師になるケースが多いようです。スポーツ選手や個人のスポーツ愛好家などにマンツーマンでトレーニングを指導するパーソナルトレーナーの資格と合わせるといったように、指導とケアの両方で活躍できる機会が持てることになるわけです。
資格や技術の話をしてきましたが、スポーツ鍼灸師に重要な資質についてもお話ししておきましょう。
スポーツ選手のトレーニングやコンディション調整の指導では、スポーツ時の原因不明の痛みや違和感などについて、そのケアをしなければならないことがあります。相談者・指導対象者の身体を隅々まで見たり、手で触れて間接や筋の動きをチェックしたり、スポーツの活動歴と思い当たる障害の原因などについてヒアリングをしたりしながら、治療のポイントを探ることになります。それは根気のいる仕事であり、コミュニケーション力も不可欠です。観察力や分析力が求められ、何よりも治療や調整には時間を要することが多いので、忍耐力も求められることになるのです。技術や知識、資格があってもそれらの資質が不足していると、アスリートとトレーナーにとっての望ましい結果は得られないこともあり得ます。
やりがいがあり、また、スポーツ愛好家の増加などからニーズの高まりが期待できるスポーツ鍼灸師は、将来性のある職業と言えるでしょう。鍼灸師として独立開業できるほか、ジムでトレーナーとして働きながら鍼灸の技術を活かすといった多様な働き方ができることも魅力です。
世の中にスポーツ愛好家は多くいますが、それと同時にけがや体調の不良に悩む人も少なくありません。けがの予防のための筋力増強が目的でジム通いをする人もいますので、プロやハイアマチュアのアスリート以外にも、鍼灸を必要とする人が増えつつあると言えそうです。
はり師、きゅう師の資格を取得するだけでも、鍼灸師として独立開業することができます。それに加えてスポーツトレーナーとしての知識を習得することで、スポーツ障害や突発的なけがのケアなど、スポーツトレーナーの領域まで鍼灸治療を応用できるようになります。
はり師、きゅう師の国家資格取得を目指すための専門学校のなかには、パーソナルトレーナーの資格取得や、スポーツトレーナーを目指せるコースを用意している学校もあります。まずはこのような学校のオープンキャンパスや個別説明会で話を聞いてみることから始めてもよいでしょう。