鍼灸師について知る
2018年、これまで6つの資格保有者にしか認められていなかった機能訓練指導員に、新たに鍼灸師の資格が加えられました。これにより、鍼灸師が活躍できる場所が鍼灸院以外に増えることになりました。
しかし、なぜ、今になって鍼灸師が機能訓練指導員に加えられることになったのでしょうか。今回は鍼灸師が機能訓練指導員に加えられた背景から、やりがいや将来性を見すえながら、どういった人に機能訓練指導員の適性があるのかについてお伝えします。
機能訓練指導員とは、1997年12月に公布された介護保険法によって定められた職種です。日常生活を営むうえで必要な機能が減退してしまうのを防止するための訓練を行える能力を持ち、特別養護老人ホームやデイサービスなどで勤務します。
当初、機能訓練指導員になるには、「看護師または準看護師」「理学療法士」「作業療法士」「言語聴覚士」「柔道整復師」「あん摩マッサージ指圧師」のいずれかの資格を取得している必要がありましたが、2018年4月、介護報酬改定に伴い、鍼灸師の資格(はり師、きゅう師の国家資格)がこれらに加えられました。機能訓練指導員に必要な資格が定められて20年以上もたってから、なぜ鍼灸師が追加されたのか。その背景には次の2点が挙げられます。
世界に類を見ない速度で進む日本の少子高齢化。総務省統計局のデータによると、日本の総人口は2004年をピークに減少を続けています。そして、2018年には65歳以上人口の割合(28.1%)が15歳未満人口の割合(12.2%)の約2.3倍。15歳~64歳のいわゆる生産年齢人口は、7,545万人(2018年)で、この数字は1995年のピーク時(8,726万人)よりも1,181万人も減少しています。
生産年齢人口の減少により引き起こされる、あらゆる業種での人材不足。特に若年層の人材不足は多くの業種で喫緊の課題となっており、それは介護業界でも同様です。令和元年8月、公益財団法人介護労働安定センターが公表した「平成30年度 介護労働実態調査の結果」を見ると、全介護労働者の実に21.6%が60歳以上です。
急速に進む少子高齢化は、残念ながら今後すぐに解消される可能性は低く、それゆえに人材不足もさらに深刻化することは明らかです。そうした意味で、機能訓練指導員の減少速度を少しでも和らげたい、量の確保をすることをめざし、鍼灸師が資格のひとつに加えられました。
鍼灸師が機能訓練指導員に加えられたもうひとつの背景には、これまでの機能訓練指導員では、身体の痛みを軽減させるためのケアが難しかったことが挙げられます。これまでに定められていた資格には、心身のリハビリ、病気のケア、誤嚥(ごえん)防止、けがからの機能回復などそれぞれに得意分野があります。しかし、けがではないが身体が痛い、検査をしても原因がはっきりしない、といったような痛みを緩和するケアはこれまでの資格だけでは困難でした。
薬に頼らず、痛みを緩和させるケアは鍼灸師が得意とする分野であり、介護の現場で多様化するケアの要求に応えるには、鍼灸師が必要であったと考えられます。
鍼灸師が機能訓練指導員になるには、鍼灸師の資格を持っているのはもちろん、加えてほかの資格取得者とは異なる要件が求められます。それは、「機能訓練指導員を配置した事業所で半年以上機能訓練指導に従事した経験」です。前述した鍼灸師以外の資格取得者はこの限りではないため、鍼灸師のみ、機能訓練指導員になるために現場での経験が必要になります。
なぜ、鍼灸師だけが半年間の実務経験を求められるのでしょう。その背景には、機能訓練指導員の量的確保が急務であったために新たに追加された資格であることに加え、機能訓練指導員と鍼灸師の業務内容が必ずしも一致していない点が挙げられます。そのため、実務経験を積まないと機能訓練指導員としての質を担保することが難しいという懸念があり、この要件が加えられています。
実際に鍼灸師として機能訓練指導員になった場合、どういった活躍の場があるのでしょうか。そして、何がやりがいになるのでしょうか。
鍼灸師が活躍できる場所としては、主に鍼灸院やスポーツ施設(スポーツ鍼灸)のほか、一部のエステサロン(美容鍼灸)などが挙げられます。しかし、機能訓練指導員になれば、「特定施設」「特別養護老人ホーム」「認知症対応型通所介護」「短期入所生活介護施設」「ショートステイ(短期入所介護施設)」「地域密着型(小規模)通所介護」の6つの介護施設で活躍できます。そして、「介護老人保健施設」「介護療養型医療施設」「通所リハビリテーション」などの医療系施設でも活躍が可能です。
基本的に鍼灸師としてのやりがいと大きくは変わりませんが、勤務する場所によって業務内容も異なるため、それぞれの現場でそれぞれのやりがいを感じられます。例えば、介護度が高く重い障害を抱えている被介護者が多くいる医療系施設であれば、機能訓練によってその症状や痛みが少しでも和らぐこと。また、介護度が低く症状が軽い被介護者が多くいる施設であれば、日常的な生活を営む機能の減退を防ぎつつ、レクリエーションや送迎といった業務でコミュニケーションが活性化されることにやりがいを感じられるでしょう。
また、医療機関に比べ、被介護者が同じ場所で継続してサービスを利用する可能性が高いため、長期的に関わっていけるのもやりがいのひとつです。自身の鍼灸師としての知識や経験を活かし、被介護者の生活サポートが行えるのも機能訓練指導員だからこそのやりがいです。
鍼灸師として機能訓練指導員になった場合、どのような将来性があるのでしょうか。また、機能訓練指導員はどういった人に適性があるのでしょうか。
少子高齢化をいますぐに止めるすべがない以上、今後、高齢者はさらに増加していくでしょう。それに伴って介護施設、医療施設の需要はより高まるため、機能訓練指導員の需要も確実に増えることが予測できます。もちろん、高齢者が増えれば、鍼灸院の需要も高くはなります。しかし、機能訓練指導員が働く場所は大手企業が経営しているケースも多いため、一般的な個人経営の鍼灸院に比べ、安定性という面において将来性が高いと言えるでしょう。
機能訓練指導員はさまざまな職種の人とともに働くため、お互いに配慮し合い、必要なことはしっかりと話し合える判断力、コミュニケーション能力が必須です。また、被介護者の方と長期間にわたって関わっていくケースが多いことから、治療最優先ではなく、被介護者の生活に寄り添っていける柔軟な姿勢が求められます。
鍼灸師はこれまでも、鍼灸院やスポーツ施設、美容鍼灸サロンなどに活躍の場はありました。しかし、介護保険法改定により2018年から新たに機能訓練指導員として認められるようになったことで、活躍できる場所はさらに増えています。
もちろん、鍼灸師として独立し、自分の鍼灸院を持つのもやりがいとなるでしょう。ただ、これからの少子高齢化社会を見越し、その最前線の場となるデイサービスや老人ホームで機能訓練指導員として従事すれば、社会により大きく貢献することが可能です。そうした意味でも、鍼灸師を目指すのであれば機能訓練指導員になるのを目標とするのも、選択肢のひとつとしてよいのではないでしょうか。